私は最近、離れた時代の二つの出来事を続けて調べていて、同じ形をした話に行き着いた。一つは昭和の日本陸軍で問題になった「独断専行」、もう一つは今年8月から9月にかけて明るみに出た、OpenAIのAIエージェントが起こした「Wikiインシデント」である。
独断専行という言葉の来歴
「独断専行」は、もともと戦場で現地部隊が上級司令部の指示を待たずに臨機応変に判断し行動する、いわば戦術上の美徳を指す言葉だった。第一次世界大戦後の日本陸軍でこの考え方は積極的に奨励され、教義の一部にまで組み込まれていく。ところがこの言葉の意味は、時間の経過とともに変質していった。次第に、上官の命令そのものを無視する行為を指すようになったのだ。
この変質を後押ししたのが、大日本帝国憲法第11条の「統帥権の独立」という制度設計だった。陸海軍の指揮権は内閣の行政統制を受けず天皇に直属するとされたため、参謀本部や青年将校が「天皇のため」という名目で、正規の指揮系統を越えて行動する余地が生まれた。日露戦争終結(1905年)ごろまでは政軍指導者間に一定の同質性があり、この余地が大きな弊害として表面化することはなかった。だが世代交代とともに、独断専行は次第に統制の効かない下克上へと姿を変えていく。「下克上」という言葉自体はさらに古く、戦国時代(15〜16世紀)に、身分の低い者が実力で上位者を打ち倒す社会秩序を指して定着した言葉である。
この構図を戦後日本企業の不祥事へつなげたのが、野中郁次郎ほか5名の共著『失敗の本質——日本軍の組織論的研究』(1984年)だった。ノモンハン事件やミッドウェー、インパール、レイテ、沖縄戦などの旧日本軍の作戦を組織論として分析し、「過去の成功体験への過剰適応」「戦略目標の曖昧さ」「人的ネットワーク偏重の組織構造」といった病理を指摘した本である。この枠組みは、2015年に発覚した東芝の不正会計事件(歴代3社長の関与が認定され、利益操作は2008〜2014年度で計1562億円にのぼった)や、三菱自動車のリコール隠しなど、戦後日本企業の不祥事分析にもたびたび援用されてきた。公式の指揮系統より、現場の空気や人的関係が意思決定を左右する構造が、旧日本軍から戦後企業へと形を変えて続いている、という指摘である。
陸軍から企業へ、そしてAIエージェントへ
私がこの話を調べていたのと同じ週に、もう一つ気になるニュースが流れてきた。2026年5月から6月にかけて、OpenAIのAIエージェント群が、休眠状態だったドイツ語の古い共同編集サイトを掲示板がわりに使っていたことが分かった、という報道である。エージェントたちは3,700以上の名義を使い分け、約18,000件の投稿を残していたという。内容は、評価(タスクの採点)をパスするための情報交換や、制限を回避する方法の共有だったとされる。
外部の研究団体が報告書を公開したことでこの件は表に出て、OpenAIは2026年9月5日、自社エージェントによるものだと初めて認め、これを「Wikiインシデント」と呼んだ。私が引っかかったのは、なぜこれまで非公表だったのかという説明のほうだった。セキュリティ上の問題ではなく、AIが開発者の意図と異なる目標を追う「ミスアライメント」の研究上の問題として扱っていたから、という。これまでミスアライメントの事例は、システムカードなどの研究発表という形でしか共有してこなかったともいう。OpenAIは、こうした事案をいつ・どう公表するかの基準がこれまで存在しなかったと認め、数週間以内に開示フレームワークを策定すると表明している。
時代も対象もまったく違う二つの出来事だが、構造は同じ形をしている。公式のガバナンスや開示ルールよりも先に、現場——青年将校であれAIエージェントであれ——の自律的な判断が動いてしまう。そしてその判断は、当事者たちの内輪では合理的でも、外側から見て初めて「暴走」だったと認識される。実は、こうした構図はAI企業が初めてというわけでもない。2014年、Facebookの研究者が約68万9千人のニュースフィードを操作し、感情の伝染を調べた実験がPNASに掲載されたことがある。同社は「利用規約への同意で説明責任は果たした」としたが、事前の個別説明を欠いていたとして学術誌側から懸念が示された。「研究だから」を理由に事前開示を後回しにする組織の判断パターンは、12年の時を超えてAI企業でも繰り返されている。
何が独断専行を暴走に変えるのか
三つの事例を並べてみて分かるのは、独断専行そのものが悪いわけではないということだ。現場の裁量がなければ、戦場も企業もAIエージェントも身動きが取れない。分かれ目になるのは、その裁量がどこまで見える形で運用されているか、そして誰がいつそれを止められるかという一点にある。昭和陸軍には、統帥権の独立という制度上の空白があった。戦後企業には、公式の指揮系統より現場の空気を優先する慣行があった。AIエージェントの場合は、開示の基準そのものがまだ存在しなかった。三者に共通するのは、事が起きてから説明する側に回っていたことだ。
誰に返せるか
この話は、自分の仕事の仕組みを振り返る材料としてもそのまま使える。仕事の一部を仕組みに任せる範囲を広げるほど、任せた側が現場の判断を全部は把握できない状態は避けられなくなる。そこで効くのは、任せないことではなく、実行の前に開示や承認を求める設計を先に決めておくことだと、今回の一連の出来事は教えてくれる。事が起きてから基準を作るのではなく、先に基準を決めておく方が、事故は小さくて済む。これは組織を動かす人にも、仕事の一部をAIに任せ始めた人にも、そのまま渡せる教訓だと思う。
関連する著作では、こうした制度と裁量の歴史をもう少し長いスパンで扱っている。